プロフィール

代表  楠神 健(くすかみ けん) 博士(心理学)

1982年 東京大学文学部心理学科卒業、国鉄入社
1987年 国鉄分割民営化に伴い、(財)鉄道総合技術研究所へ
1997年 JR東日本に転籍、安全研究所へ
2008年 JR東日本研究開発センター安全研究所長
2013年 JR東日本研究開発センター副所長(ヒューマンファクター)
2023年 JR東日本研究開発センターシニアリーダー(ヒューマンファクター)
2024年 本サイト運用開始
所属学会:産業・組織心理学会、日本人間工学会、日本教育工学会など

※なお、本サイトは、あくまでも個人の立場で発信しているものです。

1.国鉄入社から現在までを少し振り返ると … (略歴の補足)

1.1 国鉄入社から鉄道総合技術研究所(鉄道総研)まで

大学では心理学を専攻。大学で研究を続けるつもりだったが、研究内容がとても基礎的であったため、実務とのつながりを求めて、国鉄の鉄道労働科学研究所(1962年の三河島事故がきっかけで発足。医学・心理学・人間工学の視点から鉄道の安全を研究)に入り、ヒューマンエラーによる事故の研究を開始。

しかし入社5年で国鉄は分割民営化され、財団法人の鉄道総合技術研究所(以下、鉄道総研)に配属になる。しかし現場が別になったので、実務に密着した安全研究がやりにくくなった。

1.2 JR東日本に転籍~現在まで

一方、JR東日本(国鉄の分割会社の一つ)では発足翌年(1988年)東中野事故(運転士の信号確認誤りが発端となった追突事故でお客さま1名と運転士が死亡)をきっかけに安全研究所が発足しており、縁があって分割民営10年後の1997年にJR東日本安全研究所に転籍。

一方、安全研究所は企業内研究所であるため、実務ですぐに使える研究開発が求められ、心理学をベースに安全研究を推進するのにとても苦労。

それでも企業内研究の工夫・コツを身に着けつつ(たとえば、ユーザーである実務者を研究開発の過程に巻き込み、その意見を組み込むなど。当たり前だが … )、30年ほど安全の心理学やヒューマンファクターの仕事に従事。

やってきた研究は、「事故・ヒューマンエラー分析あるいはその分析手法の開発」「安全教育・訓練の手法やツール開発」「社員の安全情報のプラットフォーム開発やそのコンテンツの開発」、「適性検査の開発や利用法」など。

 以下に、これまでに導入された主な研究開発・安全対策をご紹介します。

2.これまでに導入された主な研究開発・安全対策 (一部、現在使用されていないものも含む)

2.1 事故・事象の調査・分析手法、安全マネジメント手法

(1) 4M4E分析手法(JR東日本版)

ヒューマンエラーの原因分析は「エラーした人の問題」に偏りがちなため、その改善に向け、人以外の視点からも原因や対策の検討を支援する手法。具体的には、エラーの原因・対策を「人・もの・環境・管理」の側面から分析する。
【詳細】

  • 原因の4M:man/machine/media/management
  • 対策の4E:education/engineering/environment/enforcement

(2) 事故・事象の質的調査手法

「未然防止に向けた安全マネジメント」のため、発生しているエラーの質の変化を29の視点から把握し、職場や組織の問題点を早期に検出するための手法。事故やエラーの分析時に、「分析する視点の漏れ」を防ぐチェックシートとしても活用できるように工夫(上記の4M4E分析とも関連)。

2.2 安全教育・訓練の手法やツール、社員の自発的安全活動支援ツール

(1) 「他山の石」置換え支援ツール

他山の石(他職場の事故事例等)」から深く学ぶことは、事故の未然防止にとても有効。一方、その情報を有効に活用するためには、他職場の事例を自職場に置き換えた上で考えることが重要。その置換えと分析を支援するツールであり、合わせてヒューマンエラーの基礎も学べるよう工夫。
【詳細】

(2) 異常時イメージトレーニング法

東日本大震災における「社員による旅客の避難・誘導」を分析した結果、切迫した緊急時にはルールの適切な実行に加え、多様な状況に応じて社員が臨機応変に自ら判断・行動する力が重要なことが判明。本手法は社員間の議論を通して、災害や火災発生時に生じうる多様な状況を想起し、注意点や取るべき対応を事前に考えておくためのイメージトレーニング手法(E. Hollnagelのレジリエンス・エンジニアリングやJ. Reasonの柔軟な文化と関連)。
【詳細】

(3) 「うまくいくための工夫・コツ」抽出・共有支援ツール

どの産業でも普段の大部分の作業はうまくいっていると考えられる。一方、その理由を分析すると、ルールの順守に加え、状況に応じて社員が行っているちょっとした工夫が大きな役割を果たしていることが判明。本ツールは、社員の持っている「うまくいくための工夫・コツ」を見つけチームで共有化することにより、個人のスキルや現場力の向上を支援するためのツール。E. HollnagelのSafety-IIにヒントを得た取組み。
【詳細】

【文献】楠神健:人の仕事とシステム 2 と Safety-II-「うまくいくための工夫・コツ」への着目-, 安全工学, 62(6), 419-427, 2023

(4) 現場で有用な安全スキル(ノンテクニカルスキル)の明確化とその導入

作業を的確に行うためには、テクニカルスキル(業務を実施する上での技術的専門スキル)に加え、ノンテクニカルスキル(適切な状況認識、コミュニケーション、チーム行動等に関するスキル)が重要。最近の高リスク事象の分析をもとに、鉄道において重要な4つの安全スキルとそれを行動ベースに落とし込んだ10の具体的行動スキルを明確化。あわせて導入ツールを開発。上記の「うまくいくための工夫・コツ」と連携した導入方法を検討中。

【文献】兼子貴憲・千葉武史・藤代博明・楠神健:ノンテクニカルスキルの教育ツールの開発と導入戦略, 日本人間工学会第65回大会論文集, 1E3-5, 2024

(5) 現地対策本部長の重要な役割・ポイント・心構えを学ぶ教育ツール

災害や大きな輸送障害が発生した際は、旅客の救済や障害の復旧など、多くの作業が同時並行的に行われる。そのような現場では、多くの職種を束ね全体の指揮を執る現地対策本部長の責任は大きい。一方、そういった事象はめったに起きないため、経験者が少なく難しい作業になることが多い。そのレベルアップのため、現地対策本部長の重要な役割や困難な点、持つべき心構え等を、漫画による具体的なストーリー展の中で学ぶことができる教材。
【詳細】

(6) ヒューマンエラー体験型の運転シミュレータ訓練

「要注意エラーを疑似体験させることにより、エラーが生じやすい要注意な状況やエラーの誘発要因を理解させるためのプログラム(速度超過と信号機の見間違いの2種類)」を既存の運転シミュレータのプログラムに追加。リスクの察知力により着目した訓練プログラム。
【詳細】

(7) 保線従事者向けの「安全のヒューマンファクター」に関する訓練・診断手法

保線作業員を対象に、鉄道運転事故や重大労働災害につながる可能性のあるヒューマンエラーを分析し、16のパターンに整理。それをもとに、各パターンのエラー防止上のポイントヒューマンファクター面からわかりやすく解説する教育訓練ツールを開発。受講者は具体的な作業場面を動画で見た後、事故原因に関する問題に回答し、解説を見る構成。問題の回答結果に応じて、理解度や感受性も診断できる。
【詳細】

(8) 指令員用チームパフォーマンス向上訓練手法

指令員の主な仕事は異常時対応(トラブル対応や運転ダイヤの調整)だが、発生する異常時はケースごとに異なる。しがたって、実施した異常時対応を指令チーム全体で振り返り、改善点や教訓を見つけ共有することは、指令チームのパフォーマンス向上にとても有効。本訓練手法は、航空業界のCRM(Crew Resource Management)をヒントに開発した手法で、指令長が指令員の話をよく聴くことなどを重視。
【詳細】

2.3 安全ポータルサイトおよびそれを構成するコンテンツ

【文献】楠神健:ヒューマンファクター概念の組織への浸透・実践に関する考察, 安全工学, 54(2), 92-100, 2015

(1) 安全ポータル(安全のポータルサイト)

インターネット技術の進展や社内イントラネットの機能拡張の中、第一線社員を含め、安全に関する情報の共有を進めるために開発した安全のプラットフォーム(バージョン1)。その後、機能・コンテンツの拡張が継続的に行われ、現在は安全に関する基盤的なプラットフォームに成長している。

【文献】楠神健:安全のポータルサイトを通した情報共有の研究, 日本心理学会第72回大会発表論文集, 2008

(2) ヒューマンエラー体験・体感型学習プログラム

安全ポータル上で社員にヒューマンエラーを体験してもらい、それを通してエラーの誘発要因やエラー防止のポイントを体感的に理解してもらうことを目指して開発した学習プログラム(上記の安全ポータル上で各社員が随時実施可能)。スリップやミステイク、リスクテイキングなど多様なヒューマンエラーを体験しながら学習できる(図の風船課題はリスクテイキングが対象)
【詳細】

(3) ヒューマンファクターNEWSの定期的発信

安全ポータル上で定期的に発信しているニュースで、社員が安全のヒューマンファクターに関する知識を気軽かつ継続的に学習できるように1回あたりの分量を絞って発信。これまで、ヒューマンエラー、違反、安全教育、安全文化、安全マネジメント、現場力、パニック、アサーション、Safety-IIなど20シリーズ以上を発信。

(4) 現場社員が安全ポータル上で情報交換・情報共有ができる仕組み

安全ポータルは当初、本社から現場・支社等への発信が中心であった。一方、現場では第一線社員を中心に様々な自発的安全活動が実施されていた。そこで安全ポータル上に掲示板を設置し、現場・企画部門間や現場間の双方向の情報交換・共有が可能な仕組みと運営方法を開発(現在は、Microsoft365等の活用によりさらに活発化)
【詳細】

2.4 それ以外の研究開発

(1) 多重選択反応検査(運転士用運転適性検査の1項目)

保安装置の発展等により、運転士の要注意エラーは、平常時から異常時にシフトする傾向にある。そのため、運転士登用時に行われる運転適性検査として、異常時パフォーマンスの予測力の高い多重選択反応検査を開発(国土交通省が運転士用検査として認定。機敏性検査との置換が可能)
【詳細】

(2) 踏切危険度評価モデル

踏切の諸特性(道路・鉄道の交通量、踏切の幅員・長さ・勾配・見通し等の踏切環境特性、踏切非常ボタンの有無等の踏切設備特性等)と事故種別別の踏切事故件数(直前横断、渋滞、落輪等)との関係を統計的に分析し、個々の踏切の危険度とその寄与要因を算出する手法を開発(鉄道総研時代の成果)。最近でも機械学習の手法を用いた同様の研究に対する支援も実施。

【文献】楠神健, 池田敏久, 井上貴文:踏切危険度評価モデルの開発, 交通心理学研究, 9 (1), 11-17, 1993

2.5 「安全のヒューマンファクター研究」の今後のキーワード?

(1) 生成AIの安全・ヒューマンエラー防止への活用

今後、生成AIの安全性向上への活用議論が広がっていきそうです。特にユーザーとの”会話”を通した「新しいアイデアの提示」や「検討が漏れている視点の提示」などは、生成AIの有効な活用方法として期待できそうです。さらに、鉄道固有データの学習は必須になりますが、新しいリスク抽出、個々の作業におけるリスクの事前評価、現場への対策の普及支援など、アイデアベースではいろいろなことが考えられそうです … 。

(2) 環境の変化に対する先取り対策

たとえば、少子化による人手不足が深刻な問題になっています。それに伴い、高齢者・女性・外国人等の一層の活躍が求められています。また、自動化に加え、AIの劇的な進化に伴い、人の仕事の内容や役割が大きく変化していく可能性が高まっています。「安全マネジメント」の視点に加え、このサイトの第2の視点である「人の仕事のあり方」や「働き甲斐・モチベーション」からも、検討していくべき課題は多くあると考えています。

様々な環境の変化を予測しながら、「今後の安全マネジメント」、さらには「人の仕事のあり方」からも、引き続き知恵を絞っていきたいと考えています。

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