Ⅱ.コミュニケーションエラー~なぜ起こる?(メカニズムと誘発要因)

コミュニケーションエラー

1.全体の構成

第Ⅰ章では、コミュニケーションエラーの定義を述べた後、コミュニケーションエラーが関与した事故事例を様々な産業界で見ました。

次は、なぜコミュニケーションエラーが発生するのか、そのメカニズムと誘発要因を考えていきましょう。以下の「4つのなぜ」に着目します!

  • なぜ1:「まぎらわしい言葉」「あいまいな言い方」が、エラーを誘発する!
  • なぜ2:「これまでの知識・経験」がエラーを誘発する!-トップダウンプロセス
  • なぜ3:「期待や願望」がエラーを誘発する!-ウィッシュフル・ヒアリング
  • なぜ4:「繰り返し」により省略が誘発される!-人間は“無駄”が嫌い …

ちょっと難しい言葉もありますが、これからわかりやすく説明していきます。

2.なぜ1:「まぎらわしい言葉」「あいまいな言い方」がエラーを誘発する!

2.1 「まぎらわしい言葉」「あいまいな言い方」がエラーを誘発する!

「まぎらわしい言葉」や「あいまいな言い方」がエラーを誘発するというのはイメージしやすいですよね。いくつか例を挙げましょう。

(1) まぎらわしい言葉

例1

話し手:「その本、撮ってくれる?」
聞き手:「その本、取ってくれる?」と理解 → 「はいっ」と言って本を手渡す

例2

話し手:「電線に引っかかっている飛来物を撮ってください」
聞き手:「電線に引っかかっている飛来物を取ってください」と理解 → えっ、電気流れてないの? 
  ※業種によっては、感電事故の恐れがありますね。

例3

話し手:「彼女の音が大好きです」(楽器の音色)
聞き手:「彼女の夫が大好きです」と理解 → そんなこと他人に言って大丈夫??
  ※場合によっては騒動になりますね(笑)。

例4

話し手:「そのTシャツ、もう要らないので、着てもいいよ」
聞き手:「そのTシャツ、もう要らないので、切ってもいいよ」と理解 → 指示と考え淡々とシャツ を切り始める
  ※話し手はたぶんぎょっとします …(笑)。

その他、「さかた(酒田)、きさかた(象潟)」など、音が類似していると、相手の聞き間違いを誘発する恐れもあります。東京都の「ひがしむらやま(東村山)」と「むさしむらやま(武蔵村山)」なども“感度不明瞭”の場合、聞き間違うかもしれません。

(2) あいまいな言い方

一方、言い方があいまいなため、聞き間違いが生じるケースもあります。

例1

話し手:すぐに来てください
聞き手:30分後に来る
  ※原因:両者で「すぐに」の解釈が異なる

例2

話し手:そこに置いて!
聞き手:違う場所に置いてしまう
  ※原因:両者で「そこ」の解釈が異なる

例3

話し手:仕事はほどほどにね!
聞き手:かなりのんびりやる
  ※原因:両者で「ほどほど」の解釈が異なる

例4

話し手:一応確認しておいて
聞き手:重要度が低いと思い、軽く確認するのみ
  ※原因:両者で「一応」の解釈が異なる

あいまいな言葉は、聞き間違いを誘発しうるわけです。

2.2 「まぎらわしい言葉」「あいまいな言い方」が大事故も誘発する!

(1) 桜木町駅での列車火災事故

160名の死者を出した桜木町の列車火災事故では、架線切断が起こった際の電力係員の「上りはダメだ」があいまいな言い方といえます。

電力係員の「上りはダメだ」は「ふだん上り列車が入る線路への列車進入はダメだ」という意味でしたが(つまり上りは「場所」を意味)、列車の運行を担当する駅信号係員はそれを「上り列車の駅進入がダメだ」と理解しました。したがって、(上り列車ではない)下り列車を(架線が切れている)上り線に進入させ、列車火災が発生したわけです。

些細に見える言い間違いが大事故を引き起こしています。産業場面における「明確な言葉の使用」つまり「誰にも誤解が生じない言葉の使用」が大事なことがわかります。

(2) 川﨑駅での列車脱線事故

川崎事故においても、重機の安全指揮者が言った「ここまでいいですよ(※衝突の起こった京浜東北線北行は含まれていない)」を重機のオペレータが「入れていいよ(※北行まで含めて)」と理解したため、つまり「ここまで」を聞き落としたことが大事故の原因になっています。

2.3 テネリフェ事故のコミュニケーションエラー

テネリフェの航空機事故はどうだったでしょうか。

この事故では、管制官による「離陸準備の承認」をパイロットが「離陸自体の承認」と勘違いしたことが問題でした。もう少し具体的に見てみましょう。

管制官と機長と交信内容

管制官: “……cleared(承認) to Papa beacon……right turn after takeoff(離陸), proceed……” 
  ※上記の……の部分は、無線の混信により聞き取りにくかった部分
   ※管制官が承認したのは、離陸後(after takeoff)の取扱い(飛行経路)について

機長:“cleared takeoff(離陸を承認)”と理解し、離陸を開始 

無線の混信による聞き取りにくさが影響して、Take off(離陸)という言葉が、まったく違う文脈で理解されています。

したがって現在では、「航空機を実際に離陸させるか離陸許可を取り消す時以外は、”takeoff(離陸)”という用語の使用は避ける。必要な時は “depart” や “departure” 又は “fly” のような用語をクリアランスに入れ使う」とされています(※以下が引用元の運輸安全委員会報告書のリンク)。
 (参考)https://www.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/rep-inci/AI2009-1-2-JA8904-JA8020.pdf

2.4 対策のヒント

対策の詳細は、メカニズムについて述べた後、第Ⅲ章でまとめて述べますが、少なくとも、以下の点が対策として重要なことは間違いありません。

  • 複数の意味に解釈できる言葉は、1通りに意味が定まる言葉に置き換え、徹底する。
  • 事故に限らず、インシデントやヒヤリハットを契機として、上記の置き換え・徹底を順次進めていく。

3.なぜ2:「これまでの知識・経験」がエラーを誘発する!-トップダウンプロセス

コミュニケーションエラーのメカニズムを理解するための次のポイントは、あなたが持っている「知識・経験」が及ぼす影響です。

3.1 そもそも「人のコミュニケーション」の特徴は?-とても柔軟!

まず、「人のコミュニケーションの特徴」について考えてみましょう。重要な点は、その「柔軟さ」です。例を3つ挙げましょう。

柔軟さ1:一部の言葉が聞き取れなくても、聞き手は情報を補って理解ができる

話し手:僕は …(聞き取れない部分) に行くつもりなんだけど、君はどうする?
聞き手:もちろん、行くつもりです!
※どこに行くかよく聞き取れなかったが、聞き手はそれを補って理解しています。

柔軟さ2:相手が言い間違えても、それを修正して理解ができる

話し手:やっぱりiPhoneはいいね!
聞き手:(これまで買ったばかりのiPadの話をしていたのだから、iPadのことだよね)はい!
※これまでの文脈から、相手が言い間違いをしていることを推定できています。

柔軟さ3:相手の言葉があいまいでも、その場の雰囲気や状況から特定の意味として理解できる

話し手:今の映画、なんていうか微妙だったね
聞き手:そうだね、ちょっと期待外れだったなあ
※話し手は「微妙」としか言っていませんが、聞き手はその場の雰囲気や相手の言い方から「よくなかった」方向で理解できている(「なぜ1」で述べた「あいまいな言い方」と同じ)。

3.2 この「柔軟さ」のメリットはどこにあるか?

人のコミュニケーションがとても柔軟なことがわかりますね。では、そのメリットはどこにあるのでしょうか。

  • コミュニケーションがスムーズに進む
  • はやく意思疎通が進む

コンピュータのプログラムは文法的な間違いがあると、そこでストップしてしまいます。人の会話もそこまで正確さを求められたら、頻繁に言葉や意味の確認が必要になり、効率が悪くてストレスが溜まるはずです。

幸い、人間のコミュニケーションは、言葉や文法が完全でなくても、それなりに進んでいきます

3.3 人は、情報が完全でなくても速く99点の答えが得られる!~スマート99点プロセッサ!

では、不完全なのに会話が進んでいって大丈夫なのでしょうか。実はほとんどの場合、聞き手の推定は意外と正確で、問題の生じないのがふつうです。

人は、情報が不完全でも、“99点”の答えを瞬時に得られる「99点プロセッサ」を持っているということです。
※「99点」というのは、“ほとんどが正しい”ということを象徴的に言っているのであって、どんなコミュニケーションでも99点になると言っているのではありません!

この「99点プロセッサ」は、人がこの地球環境を生き抜くために磨いてきたことではないかと筆者は考えています。

100点の答えを得るまで行動できなければ、時間がかかりすぎて、敵や災害に襲われてしまい、人類は生き残れなかったのではないかということです。地球環境は、「遅い100点よりも速い99点の方が有利」だったため、人間はこのプロセッサを磨き、生き抜いてきたのではないかということです。

3.4 強力な武器には弱点もある!~99点問題の発生

しかし、「99点プロセッサ」にも弱点があります。わかりやすよね。はやく99点の答えが得られるが、100点ではないということです。先ほどの例で考えてみましょう。

柔軟さ1:一部の言葉が聞き取れなくても、聞き手は情報を補って理解ができる

「明日行くつもりなんだけど、君はどうする?」
 → あくまで推定なので、行く場所が両者で食い違っている可能性があります。

柔軟さ2:相手が言い間違えても、それを修正して理解ができる

「やっぱりiPhoneはいいね!」
 → 話し手は、今まで話していたiPadではなく、iPhoneの話を急に始めた可能性もあります。

柔軟さ3:相手の言葉があいまいでも、その場の雰囲気や状況から特定の意味として理解できる

「今の映画、なんていうか微妙だったね」
 → 話し手は「微妙によかった」と言っている可能性を否定できません。

「99点プロセッサ」の強みが裏返しとなって、コミュニケーションエラーを引き起こしていることになります。

3.5 人間の情報処理はどのように行われているのか~2つのルートがある!

では、この「99点プロセッサ」の強みと弱みを人間の情報処理(情報や状況を人がどう理解し行動につなげるか)に沿って考えてみましょう。理解のポイントは「情報が不完全でも、人はなぜ正しい答え(99点の答え)が得られるか」です。

以下の図は、人間の情報処理の方法を示したものです。「理解のルート」には2種類あることがわかります。

(1) ボトムアッププロセス

「自分がどのように情報を処理し、行動しているか」と訊かれると、私たちは普通、このボトムアッププロセスを思い浮かべます。

つまり、情報や状況を見て(または聞いて)、その意味を理解し、やるべきことを決める。これをボトムアッププロセス(下からのルート)といいます。「えっ、それ以外、どんな方法があるの?」と思いますよね。

でもそうなら、聞き取れない言葉があった場合、いちいち聞き返す必要が生じます。相手の言い間違え(iPadのことをiPhoneと言うなど)を頭の中で修正することもできません。スピーディな99点の処理ができないことになります。

(2) トップダウンプロセス

人間はもう一つのルートを持っています。図に示したトップダウンプロセス(上からのルート)です。具体的には、情報や外部の状況を理解するために、自分の頭の中にある知識や経験を使う方法です。上で述べた3つの例で考えてみましょう。

柔軟さ1:一部の言葉が聞き取れなくても、聞き手は情報を補って理解ができる

「明日行くつもりなんだけど、君はどうする?」
 → 二人の間で明日のイベント等の情報がすでに共有されているので、肝心の場所の情報がなくても正しく推定できます。すでにある知識を利用しているのです。

柔軟さ2:相手が言い間違えても、それを修正して理解ができる

「やっぱりiPhoneはいいね!」
 → 相手は、買ったばかりのiPadの話をこれまでしていたので、急にiPhoneの話を始めるのは不自然と感じ、iPhoneをiPadの言い間違えと推定しました。これまでの経験を利用しているわけです。

柔軟さ3:相手の言葉があいまいでも、その場の雰囲気や状況から特定の意味として理解できる

「今の映画、なんていうか微妙だったね」
 → 微妙だという言葉とそれが言われた文脈(それまでの話の流れなど)から、「よくなかった」方向で理解を進めています。やはり「これまでの会話の経験」などを用いて、曖昧な言葉のニュアンスを適切に推論しているわけです。

以上のように、外にある情報(ボトムアッププロセスで得られた情報)だけでは、私たちのコミュニケーションはうまく進まないのです。聞き手の頭の中にある知識や経験(トップダウン・プロセス)を活用してはじめてスムーズな会話が可能だということです。

そう考えると、「知識や経験」を豊富に持つベテランこそ、様々な場面でトップダウン・プロセス(99点プロセッサーの重要な構成要素)を的確に用いることができるため、コミュニケーションをスムーズに進めることができるとも言えます。

3.6 武器である「99点プロセッサ」の弱点、その理由を考える!

しかし、「99点プロセッサ」は、はやく99点の答えが得られるが、その答えが100点ではない点が問題でした。そしてその原因は、足りない情報や不正確な情報に対して、知識や経験の当てはめが不適切である場合でした。

では、どういう場合に当てはめが不適切になるのでしょうか。それは、「現実が、本人の持ってる知識・経験と異なっている場合」です。具体的には、以下のような場合です。

トップダウンプロセスで述べた3つの例は成功例ですが、それが外れるのは、「いつもと状況」「前回と違う状況」「常識と違う状況」ということができますね。ある意味、まれなケースであり、100点に至らない「残り1点の部分の問題」ということができます。そして「外れた推定」に対して言われる言葉が「憶測」や「思い込み」ですね。

前述のように、ベテランほど自分の武器であるトップダウンプロセスを多くの場面で使えますが、その「使いすぎ」には注意が必要です。特に推定が外れた場合に、大きな事故につながる場面では、意識的かつ慎重に確認することが重要になります。

コミュニケーションエラーへの具体的な対策は、第Ⅲ章でまとめて述べます(先に対策編を見たい方はこちらをクリック!)。

3.7 桜木町事故をトップダウンプロセスから考えてみよう!

では、第Ⅰ章でご紹介した「桜木町事故(鉄道事故)」のコミュニケーションエラーを、トップダウンプロセスから考えてみましょう。

  • 電力係員の言葉:「上りはダメだ」
    • 電力係員の言いたかったこと:「列車を上り線(場所)に入れてはダメだ」
    • 駅信号係員の理解:「上り列車の駅進入はダメだ」=「下り列車なら駅の上り線(場所)に入れても問題ない」
  • 発生したこと:下り列車上り線(場所)に進入 → 火災事故

電力係員の「上りはダメだ」は、複数の意味にとれるあいまいな言葉でした。したがって、駅信号係員は、場所としての「上り線」ではなく、「上り列車」と誤解してしまいました。トップダウンプロセスが働いた結果と考えられます。

これは推定ですが、駅信号係員は「列車の運行」に携わっており、ふだん頻繁に会話する同僚(駅信号係員)との会話では、簡略な「上り」という言葉を「上り列車」の意味で使うことが多かったのではと考えられます。

したがって、いつもの同僚との会話なら、トップダウンプロセスが(したがって99点プロセッサも)うまく働いたはずなのに、めったに話をしない電力係員との会話においては、足りない1点の側に働いてしまい、コミュニケーションエラーになったとの推定も可能です。

やはり「いつもと違う場面」は要注意なのです。

4.なぜ3:「期待や願望」がエラーを誘発する!-ウィッシュフル・ヒアリング

4.1 ウィッシュフル・ヒアリング~トップダウンプロセスのもう一つの弱点

コミュニケーションエラーのメカニズムの3番目として、「期待や願望」がエラーを誘発することについて考えます。

「なぜ2」で述べた「人間の情報処理の2つのルート」に再度、登場してもらいましょう。ここでも、ポイントはトップダウンプロセスです。

「相手の会話が不完全であっても人はその意味が理解でき、その理由は足りない情報を知識や経験が補っているから」というお話を以前しました。

この知識・経験に加え、人の情報処理では、本人の期待や願望によっても、不足する情報が補われてしまうこともあります。これをウィッシュフル・ヒアリング(期待聴取)といいます。たとえば、無線の混信があり聞き取りにくい部分があったとしても、自分の期待さらには願望が不完全な情報の理解を“促進”しまうということです。

4.2 事例でウィッシュフル・ヒアリングについて考えてみよう!

実際、テネリフェ事故では無線の混信があり、その際にウィッシュフル・ヒアリングが影響した可能性があります。

当日、当該機は多くの観光客を乗せていました。しかし、目的地の空港がテロへの警戒から一時的に閉鎖されたため、近隣の空港に着陸させられ、長時間待たされていました。そして事故は、当該機がようやく目的地に向け出発しようという時に発生しています。

つまり、機長は、はやく目的地に向かって出発したいという気持ちが強かったと推定され、そのため、無線の混信により聞き取りにくかった情報を自分の期待に沿って理解してしまった可能性があります(管制官の離陸後の飛行経路の承認を離陸自体の承認だと勘違いする)。

第Ⅰ章で触れた2024年1月の海保機とJAL機の衝突事故は、まだ最終的な報告は出ていませんが、自機が離陸順序ナンバー1との連絡があり、それがまだ到着機があるのに離陸に向け滑走路に進入したことに影響を与えた可能性があります。

4.3 期待・願望の影響~「聞くとき」だけではない!

情報の解釈に影響を与えるのは、“ヒアリング”だけではありません。“ウィッシュフル・ルッキング”も考えられます。

たとえば、鉄道の軌道工事において、線路閉鎖の着手(安全のため、列車が工事区間に入ってこられない状態になったことを意味)を待っていた作業責任者が、少し離れたところにいた線路閉鎖の責任者を見たら、彼が手を挙げた(ように見えた)。そのため、作業責任者は線路閉鎖が着手されたと理解し、作業を開始したといった。そのような事例もあります。

少しでも早く作業したいと考えていると、その期待からあいまいな情報(手を挙げる)を自分に都合よく解釈してしまったと考えられます。

4.4 要は、ウィッシュフル・アンダースタンディング!(期待に沿った理解)

結局、見る・聞くにかかわらず、ウィッシュフル・アンダースタンディング、すなわち「自分が理解したいように理解してしまう」ということだと思います。

特に、急いでいる場合など、しっかり確認に時間がかけられない場合などは、本人の期待や願望の影響が出やすいと考えられます。

人間の99点プロセッサは、コミュニケーションの円滑な進行に大きな役目を果たしていますが、ここでも残り1点の問題がヒューマンエラーを誘発しています。やはり、リスクの高い作業などでは、「トップダウンプロセスの使い過ぎは禁物」ということになります。

5.なぜ4:「繰り返し」による省略がエラーを誘発する!-人間は“無駄”が嫌い …

5.1 作業が繰り返されると、人はどうなる?

産業界では、安全・品質等を高めるために、様々な作業のルール化・マニュアル化に知恵を絞ってきました。また、作業自体が無駄なく整然と行えるように、その定式化も進められてきました。

この結果、日々の仕事においては、パターン化された作業が多く存在し、また、よく知った同僚等とパターン化された作業を繰り返し行うことも頻繁に発生しています。そういう作業の中でのコミュニケーションは、どのように行われがちでしょうか。

同じパターンの作業が同様のメンバーで繰り返されると、徐々に、お互いに共有されている情報・経験が増えていきます。そうなると、どうなるでしょうか。よくあるのが「すべてを言うのが面倒になる」という変化です。トップダウンプロセスで理解できる範囲が広がり、また予測の精度も上がってくるからです。

5.2 最少努力の法則

人間には、「最小努力の法則」といわれるものがあります。「ある目標を達成するのに複数の方法が存在する場合、人間は最終的に最も少ない努力で済む方法を選ぶ」というものです。

同じ作業が繰り返され、作業者が当該作業に習熟してくると、実行するのに最も少ない努力で済む方法、すなわちコミュニケーションで言えば、トップダウンプロセスがより多く適切に駆使できるようになるため、言葉や文章の一部を簡略化する方向に進みやすくなるわけです。

もちろんルールでやり方を定めていれば、歯止めにはなります。しかし、本人たちにとって煩雑に感じる方法で常に行うことは、苦痛に感じやすいことは否めないはずです。

5.3 繰り返しによる省略事例

ルールによる歯止めがない日常会話では、言葉や文章の部分的な省略は頻繁に行われています。相手がわかっている(と思われる)ことは、主語でも目的語でも動詞でも頻繁に省略されます。今時ではないかもしれませんが、

  • 社員A:今日一杯いく?
  • 社員B:いいですね

飲みに行く場所まで省略されていますが、二人の関係では、それすら言うのが無駄ということなのでしょう(トップダウンプロセスのおかげ … )。

5.4 再び99点問題の発生

しかし、トップダウンプロセスを使っている限り、99点問題の克服は困難です。

日常会話なら、それほど大きな問題は生じないかもしれませんが、産業現場や医療現場ではとても重大な問題が発生する可能性があります。人命の喪失、製品の品質低下、作業の大幅な手戻り、クライアントからの信頼喪失など、影響は様々です。

99点問題が発生しやすいのは、これまで述べてきたとおり、予測が裏切られる場合であり、その典型は「いつもと違う場面」ですね。よく覚えておいてください!

コミュニケーションエラーへの具体的な対策は、第Ⅲ章でまとめて述べます(先に対策編を見たい方はこちらをクリック!)。

6.コミュニケーションエラー~メカニズムのまとめ

6.1 エラー発生の4つの「なぜ」

コミュニケーションエラーのメカニズムと誘発要因について、簡単にまとめましょう。以下の「4つのなぜ」について説明しました。

  • なぜ1:「まぎらわしい言葉」「あいまいな言い方」が、エラーを誘発する!
  • なぜ2:「これまでの知識・経験」がエラーを誘発する!-トップダウンプロセス
  • なぜ3:「期待や願望」がエラーを誘発する!-ウィッシュフル・ヒアリング
  • なぜ4:「繰り返し」により省略が誘発される!-人間は“無駄”が嫌い …

6.2 キーワード:トップダウンプロセスとそれを駆使した99点プロセッサ

「4つのなぜ」について、「トップダウンプロセス」と「99点プロセッサ」をキーワードに箇条書きでまとめましょう。

  • 「まぎらわしい言葉」や「あいまいな言い方」が、コミュニケーションエラーを誘発する。
  • その背後には、「コミュニケーションの柔軟性」がある(まぎらわしくてもあいまいでも、人はコミュニケーションを進めることができる)。
  • 柔軟なコミュニケーションを可能にしているのは、人の情報処理の2つのルートである「ボトムアッププロセス」と「トップダウンプロセス」の特に後者である。
  • 「トップダウンプロセス」は柔軟さの源泉といえ、それを活用した「99点プロセッサ」は、人間がその場ではやく99点の解を出すための強力な武器になっている。
  • はやく出せる理由は、すでに持っている知識・経験を用いて足りない情報をかなり的確に補えるからである。
  • しかしその裏返しとして、100点の解を保証しないのが「99点プロセッサ」の宿命的な弱点であり、コミュニケーションエラーの大きな原因になっている。
  • エラーが生じやすいのは、予測が裏切られる場合であり、「いつもと違う場面」などがその典型である。
  • 期待や願望が推定に影響することもある。また、同じ作業の繰り返しがトップダウンプロセスへの依存を高めることなども問題である。

6.3 強みの代償として存在する99点問題

  • おそらく、99点プロセッサは、人が地球上で生き抜くために磨いてきた武器だったはずである。あらゆる可能性を考えているうちに敵に襲われてしまう …。そういった危機を回避するための武器だったといえよう。
  • しかし、現在の産業界や医療界では、99点では済まされなくなっている。ヒューマンエラーの影響が拡大しているからである。また世の中の期待する安全レベルも高まっている。

6.4 99点問題にどう対応?

では、私たちは今後、コミュニケーションエラーにどう対処していけばよいでしょうか。

なかなか難しい課題ですが、一つのヒントは、「残り点の弱点が顕在化するのが必ずしもランダムではない」という点でしょう。「どういうときに弱点が顕在化しやすいか」を意識しながら、対策に議論を移していきましょう!。

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